ことのは塾のことのはブログ

ことばの専門塾を主宰する在野の言語学者が身近な言葉の不思議について徒然なるままに好き勝手語ります。

雷と thunder

今、高崎は雷鳴が聞こえています。もう雨はやんだようですが、まだ遠くで光っているのが分かります。

 

さて、そんなわけで、ふと頭に浮かんだので、今回は「雷」についてです。

 

日本語には、「大声で怒鳴って叱る」ことを表す「雷が落ちる」という表現があります(「雷を落とす」という表現も一般的です)。

 

(1)       a.       父の雷がよく落ちたものだった。

    b.   「馬鹿者!」と社長が雷を落とした。

 

英語においても、thunder を用いて、次のような表現が可能です。(3)はその際のOxford Advanced Learner’s Dictionary (OALD)による定義です。

 

(2)       “Yes, or no!” he thundered. (「イエスかノーか!」と彼は怒鳴った。)

(3)       to shout, complain, etc. very loudly and angrily.

 

日本語の「雷が落ちる/雷を落とす」と、英語の thunder の共通点は「大声で怒鳴る」という部分です。両方とも実際の「雷鳴」から転じた「メタファー表現」であることが推察できます。

 では、使い方が全く同じか、というと決してそうではありません。例えば、次の例文を見てください(アスタリスク*は、非文法的な表現であることを示します)。

 

(4)       「じっと座ってて」と友人が(子供に/*私に)雷を落とした

(5)       “Sit still!” my friend thundered at {her son/me}.

 

日本語の方は、「私に」雷を落とすことができないのに対し、英語の方は可能です。さらに、

 

(6)       I thundered at my head of department.

            (私は部局長に怒鳴った)

 

と、英語では言えますが日本語の「雷を落とす」を

 

(7)       * 私は部局長に雷を落とした。

 

とは言えませんね。つまり、thunder は対象が目上でも目下でも対等な立場の相手でも使用できますが、「雷が落ちる/雷を落とす」は、「対象が目下の時」に限られます。

 

では、同じ「雷の大きな音」をベースとしたメタファー表現なのに、どうしてこのような相違点が生まれるのでしょうか。

 

これにはいくつか理由がありますが、重要なこととして、日本語の「雷」という語と英語の thunder という語の持つ「意味の『射程の差』」が「雷が落ちる/雷を落とす」と thunder の違いを生み出していることが指摘できます。

 

大きく関係するのが、日本語の「雷」は「雷鳴」、「雷光」の両方を意味することができるのに対し、英語の thunder は「雷鳴」のみを指す、という事実です。英語では「雷光/稲妻」は lightning を用います。

 

(8)       thunderの定義

            the loud noise that you hear after a flash of LIGHTNING, during a storm

(9)       lightningの定義

            a flash, or several flashes, of very bright light in the sky caused by electricity

 

つまり、thunder の方が雷の「音」のみに焦点を当てたメタファーとなるのに対し、「雷が落ちる」は「音」と「光」の両方に焦点を当てたメタファーである、ということになります。

 

日本語の「雷」は、「音」と「光」の両方ですから「大きな音」を出す時に「落ちる」のです。本来の物理現象としては、稲光は必ずしも上から下へ「落ちる」わけではなく、下から走ったり、横へ走ったりしますが、日本語では総じて「雷が落ちる」となります。この「落ちる」は「ものが下へ移動する現象」、すなわち「上から下への移動現象」ですので、ここから転じて「上の立場の者から下の立場の者への叱責」という「上下関係」にかかわる意味が生じたものと考えられます。

 

つまり、日本語の「雷」は「音」だけでなく、「光」を指すことから、「大声」+「上下関係」という意味合いが生じ、「雷が落ちる/雷を落とす」が「(目上のものが)(目下のもの)を(大きな声で)叱責する」となったのです。一方英語の thunder には「稲光」の意味はありません。したがって「稲光は走る様子」から転じての「上下関係」という概念は含まれておりません。ゆえに「上の立場の者から下の立場の者への叱責」という意味は生じず、「大きな声で怒鳴る」という意味しでしかない、ということになります。

 

ということで、今回は同じ事象でも「どの部分に焦点を当てて言語化するか」によって、言語間で意味の違いが生じるという例でした。

 

と、記しているうちにすっかり雨もあがりました。少しでも暑さが解消されればうれしいのですが、どうでしょう??

 

おまけ:

有楽製菓が製造しているチョコレート菓子に「ブラックサンダー」というものがありますが、ご存知ですか。キャッチコピーが「おいしさイナズマ級!」なのですが、thunder は稲妻じゃないのです、はい。