ことのは塾のことのはブログ

ことばの専門塾を主宰する在野の言語学者が身近な言葉の不思議について徒然なるままに好き勝手語ります。

辞書引きのひと手間惜しむ誤訳かな

ちょっと古い話題になってしまい恐縮です。

 

サッカーのW杯がフランスの優勝で幕を閉じました。

始まる前は色々と物議を醸していた日本代表も見事グループリーグを突破し、サポーターの期待(以上?)の活躍をしてくれましたね。さて、今回はそのW杯に関係するネットニュースの記事のお話です。

日本代表がW杯本戦前の練習試合でパラグアイに4-2で勝利したことを覚えていらっしゃいますか。この試合についてイギリスのサッカー専門誌であるFourFourTwoが、以下のような記事を挙げています。

www.fourfourtwo.com

サッカーのネットニュースサイトFOOTBALL ZONE WEBがこのFourFourTwoの記事を取り上げ、以下のような見出しの記事を掲載しました。
 
「『日本が不毛な走行に終止符を打った』 英誌も西野ジャパン“反撃”の初勝利に注目」(https://www.football-zone.net/archives/110860

 

さて、読者のみなさん、「日本が不毛な走行に終止符を打った」って何を言いたいのか分かりますか。

私は全く分かりませんでした。「試合で選手たちが無駄に走り回ることを止めたのか」などと考えましたが、FOOTBALL ZONE WEBの記事を読む限りそのような意味合いではなさそうなので、これはもしや、と思い、上で紹介した元ネタのFourFourTwoの記事を読んでみることにしました。

すると、当該記事本文の最初の文に

Japan ended their poor run of form with a win over Paraguay in their final World Cup warm-up match, Takashi Inui scoring twice in a 4-2 comeback victory on Tuesday.

とあります。FOOTBALL ZONE WEBの記事の見出しにある「日本が不毛な走行に終止符を打った」はこの文の最初 "Japan ended their poor run" の部分を和訳したものだと思われます。完全な誤訳ですね。犯人は、run です。

この記事を書いたFOOTBALL ZONE WEBの記者はおそらくrunを「知っている単語」として辞書も引かずに訳したのでしょう(多分、直後の form の意味も調べなかったと思います。こちらも併せて調べれば、runが「走行」でないことは明らかなのですが)。

runには「走る」以外にも沢山の意味があります。本当に沢山あるのでここでいちいち取り上げませんが、英語を学習する皆さんに一つ心がけて頂きたいことがあります。それは、「優しい単語」「よく目にする/耳にする単語」ほど注意深く辞書と格闘してほしい、ということです。この記事の run は、直前に 所有格の代名詞 their があることによって、名詞であることが分かります。名詞 run の後に of X が続いていますね。この場合、run は「Xの連続」とか「一連のX」という意味になります。つまり、「日本はXの連続に終止符を打った」ということになります。そうなると、ofの後ろのX、つまりformもよく知られている「形」なんていう意味ではおかしいですよね。ここでは「調子」「コンディション」の意味です。つまり直訳すれば「日本は(ウルグアイに勝ったことで)ひどい調子の連続に終止符を打った」となります。この試合まで連敗だったことを考慮すればこれが「日本がようやく連敗を止めた」という意味であることが分かります。ちなみに元ネタFourFourTwoの記事の小見出しには、同じ表現を用いている、

"Japan ended a run of five games without a win(以下省略)"
という文もあります。こちらの方がはっきりと「勝利なしの5試合」となっていますから、「連敗」であることが読み取れますよね。
 
海外のニュースを情報源としたネットニュースにはこのレベルの誤訳がゴロゴロしています。今回はそもそもが意味不明の日本語ですから実害はありませんが、これで下手に日本語らしい日本語で誤訳されていると、日本語で読む我々にとってはそれが誤訳であることに気づきません。翻訳には十二分に気を付けて接したいものです。
 
《まとめ》
①英語を勉強するときは「知っているつもりの単語」ほど注意深く辞書を引くべし
②海外ソースのニュース記事には誤訳が含まれている場合があるので、十分注意して読みましょう。