不可算名詞が可算名詞に変身するとき
今回は毒を吐きません(笑)いつものように、穏やかにことばの面白さを語りたいと思います。
先日、現在中学校で教員をしている教え子から質問を受けました。「風」を表す wind を使用するのに、wind を数えられる名詞として(a wind 或いはwindsの形で)用いるべきか 、数えられない名詞として(windの形で)用いるべきか、使い分けがよく分からない、という質問でした。
良い質問ですね。読者の皆さんは英語の名詞を辞書で引いたとき、戸惑うことがありませんか?よく辞書を引く方はお気づきかもしれませんが、一般名詞の多くが数えられる名詞(可算名詞 C)としての用法と、数えられない名詞(不可算名詞 U)としての用法を持っているのです。典型的な不可算名詞として認識されている water 「水」ですら、「領海(海域)」という意味になると American waters 「米国の海域」のように、複数形をとったりします。
実は、英語名詞の「可算」「不可算」は単語ごとに固定で決まっている用法ではありません。使い方(文脈)次第でどちらにでもなれる場合が多くあります。
では、今回質問にあがった wind の場合を見てみましょう。辞書(『ジーニアス英和辞典第4版』大修館書店)には次のような記述があります。
(1) 量を表すときはU(不可算)、種類を表すときはC
これはどういうことでしょうか。例文を見るとつぎのようなものがあります。
(2) a. a blast of wind 「一陣の風」
b. a strong wind 「強風」
c. sway in the wind 「風に揺れる」
d. a north wind 「北風」
こうした例文から判断すると、(2a)や(2c)のように単に気象の一現象としての「風」を指す場合には不可算で (the) windとし、(2b)や(2d)のように何らかの形容詞(strongやnorth)が付くと可算名詞扱いということになるようです。
これは、windに限らず、他にもよく見られる現象です。例えば、「朝食」のbreakfast ですが、これも通常学校では a は付けられない、と教わります。
(3) * I have already had a breakfast.
しかし、次のようにbreakfastにbigなどの形容詞をつけると、文法的な表現となります。
(4) I had a big breakfast this morning
「私は今朝大盛りの朝食を食べた」
では、なぜ形容詞をつけると不可算名詞が可算名詞に変身することがあるのでしょうか?
ここでのポイントは形容詞の役割です。形容詞には様々な機能がありますが、名詞を修飾する形容詞の重要な役割は「分類」機能です。形容詞があることによって「他の同種のものとの差別化/差異化」が具現されるのです。
例えば、windの場合、strong windとすることで、その対立軸に light wind 「微風」や mild wind「穏やかな風」などの存在が喚起されます。つまり、形容詞によって「どのような風か(何もない時よりも)具体化され、想像しやすくなる」のです(専門的には「様相の限定」ということになります)。すると、strong windは「数ある風の中の1つ」ということになりますので、冠詞の a が付くようになるわけです。breakfastの例も同様です。big が付加することで朝食が他の朝食、例えばsimple breakfast「簡単な朝食」などと区別(差異化)され、裸のbreakfastよりも具体化されます。結果、これも「数ある朝食(の形態)の中の1つ」ということになりますので、冠詞の a が付くようになるわけです。
では、次のような例はどうでしょう?
(5) A coffee, please. 「コーヒー1つください」
これも上の場合と同じく「種類」という解釈も可能ですが、通常の解釈としては「1杯のコーヒー」となるでしょう。これは特に他者と差異化をするような形容詞は含んでいませんが、通常不可算名詞として用いられることが多い coffee を可算名詞として用いています。これはどういうことでしょうか。
これは、メトニミー(換喩)による可算化です。本来なら a cup of coffee というべきところを「中身で容器を意味する」メトニミーによって「コーヒーでカップを意味する」ことになり、「1杯のコーヒー」となるわけです。
このように、いわゆる不可算名詞が常に不可算かというと、そうは単純なものではないわけです。
冠詞について分かり易く学びたい方には、次の本がお薦めです。