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ことばの専門塾を主宰する在野の言語学者が身近な言葉の不思議について徒然なるままに好き勝手語ります。

『天気の子』の英語サブタイトル

今回は、大ヒット中の映画『天気の子』についてです。

とはいっても、映画の内容についてのコメントではありません。サブタイトルの Weathering with Youについてです(ポスターなどではwithも大文字で始まっていますが、これは英語のタイトルの表記法としてはダメです。前置詞は小文字で)。

 

この Wearhering with you. ってどんな意味なのだろう?と疑問に思った方も多いでしょう。実際、すでにネットではこの意味について書かれているものも多く、英単語weather の持つ様々な意味を紹介したうえで、新海誠監督ご自身の「『Weather』という気象を表す言葉を使いたくて。これには嵐とか風雪とか、何か困難を乗り越えるという意味も含まれるんです。映画は何か大きなものを乗り越える物語でもあるので付けました。」というインタビュー記事を引用して説明している記事を多く見かけます。確かに weather には、以下の意味があります(図はhttps://yuuchan-english.com/2019/07/01/2743/から借用致しました)。

ジーニアス英和辞典での定義
Weather
【名詞】
①天気
悪天候、暴風雨
③天気予報

 

【動詞】
①風化させる
(嵐・困難などを)切り抜ける

監督もよくお調べになったと思います。weather にご自分の想いに合致する意味があると分かった時、きっと「これだ!」とお思いになったことでしょう。

しかし、結論から言えば、残念ながら新海監督の願いむなしく、このサブタイトルは意図通りに読んではもらえません。海外でのプロモーションも前作『君の名は。』以上に力を入れていたとのことですので、どなたか英語に堪能なスタッフがもう少し英語の文法面にも気を遣われた方が良かったのではと思います。

では、何故、この英語(Weathering with you) ではダメか、という理由を説明します。

まず、新海監督の意図としては、上の図でいう動詞②の意味であるとのことですが、これは他動詞の用法です。つまり、weather単独でこの意味として使用することはできず、直後に何らかの名詞(嵐や困難などの意味を持つもの)が来ないとダメです。weather a storm (嵐を切り抜ける)、weather the economic crisis(経済危機を切り抜ける)などが正しい使い方です。

 

今回のサブタイトルには目的語がなく、weather の直後には、前置詞句 with you が生起しています。したがって、英語母語話者はどう贔屓目に見ても「困難・嵐を切り抜ける」ではなく、自動詞として解釈せざるを得ません。まだ直後に through 句があれば自動詞でも「~を切り抜ける」(例:weather through a storm)とできるのですが、今回はそれもありません。したがって、今回はどうあがいても

「外気で変化(変色、風化)する」

という意味にしか読み取れないことになります。ですから、サブタイトルは「君と共に風化する(変色する)」となります(笑)

 

こう言うと「そうは言っても、海外の人も内容を見れば正しく解釈してくれるはず」という反論が聞こえてきそうですが、はっきり言いますと、それはあまり望みがありません。それは日本語の性質を念頭に置いた希望的観測だからです。日本語は文脈依存的な部分が多くありますが、英語は極めて文法依存度の高い言語です。文脈上理解できる範囲であっても目的語を簡単に省略できるような言語ではありません。たとえ

I like apples. *I bought yesterday.

のように、どう考えても目的語はapplesだろうと分かるものでも、ダメなものはダメなのです。

 

海外でもヒットが予想される邦画はそういう細かいところまで気を遣うべきかと思います。新海監督の熱い想いが正確に伝わるものでなければ無意味ですから、ね。