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ことばの専門塾を主宰する在野の言語学者が身近な言葉の不思議について徒然なるままに好き勝手語ります。

look と see:因果関係から見た意味 

 またまた久々の更新です。さて、皆さんは普段何を用いて英語の学習に取り組んでいますか。ラジオ?CD?スマホのアプリ?市販の問題集?色々ありますが私の一押しは「ペーパーバック」による原書講読です。特にJ. K. Rowling のHarry Potter シリーズや、いわゆるリーガル・サスペンス(法廷もの)で有名な作家 John Grisham の小説、或いは少し古いですが『そして誰もいなくなった』や『オリエント急行殺人事件』をはじめとするアガサ・クリスティの作品などは、生きた英語を学ぶのに最適な素材です。

今回は、そんな作品の中に見つけた例文を使って、考察を一つ。look と see を取り上げます。

 look と see と言えば、よく似た意味を持つペアとして中学英語、高校英語で話題となります。よくある説明として「look は意図的に『見る』こと、see は意図の有無にかかわらず『見える』こと」というものです。実際、一般的な英語学習辞典では次のような解説があります。

(1)     a.    see は見ようとする意思の有無にかかわらず視界に入り「見える」の意。lookは意識的に視線をある方向に向けて「見る」。

                  (大修館『ジーニアス英和辞典』第4版)

   b.  see は「(自然に)目に入る」、look は「意識して見る」

                                                              (小学館『ユースプログレッシブ英和辞典』)

まずは、これらの説明の妥当性を検証しましょう。(1a) において最も重要なのは「see は見ようとする意思の有無にかかわらず」という部分ですが、「見える」という視覚に関わる意味に限って言えば、「意思/意図」がある文脈で see は使えません。事実、次の例文のようにseeは主語の意図を表す副詞と共起できないことが先行研究によって指摘されています(いつものごとく、*はその文が非文法的であることを示します)。

(2)     *John saw through the glass carefully.

                     (Gruber (1967: 943))[1]

この文における副詞 carefully は、「注意深く」という意味ですから、主語であるJohnの意図を表します。この場合、carefullyはseeと一緒に用いることができず、非文法的と判断されます。対して、意識的な動作とされるlookはcarefullyと問題なく容認されます。

(3)     John looked through the glass carefully.

                     (Gruber (1967: 943))

ただし、次のような例文の存在から、Gruber (1967) に反論してseeにも「意思の作用」を認める研究者もいます。

(4)     … I looked down to see the man who had been trying to find cover.

(5)     “Me, too.” I said, leaning over to see the images.

                      (以上、久保田 (2016:78))[2]

久保田(2016)の説明では、(4)、(5)では「主語は意図的に see という行為を行うために下を見たり、身を乗り出した」となり、「look も see も大意は〈視覚で知覚する〉のであり、基本的には主体の意思なくしては実行しえない」と主張しています。しかしながら、これは誤解だと思います。例えば、(5) の意図性を明確にするために carefully を挿入し、

(6)     “Me, too.” I said, leaning over to see the images carefully.

としても

(7)     “Me, too.” I said, leaning over carefully to see the images.

の意味(「注意深く身を乗り出した」)として解釈され、

(8)     “Me, too.” I said, leaning over to carefully see the images.

の意味(「注意深く画像を見る」)の解釈にはならないようです(したがって、(7) の解釈が不可能な (8) 自体、基本的に非文法的とみなされます)。つまり、ここで意図的なのはleanという「行為」であり、seeという「知覚」ではないのです。それに「知覚」であるseeを「行為」として説明しているのも気になります。そもそも「知覚」は「感覚器官への刺激を通じてもたらされた情報をもとに、外界の対象の性質・形態・関係および身体内部の状態を把握する働き」(『広辞苑』)のことです。seeは「視覚が外的な刺激を受けた時に経験する心的現象」ですから、元来「受け身的」であり、ゆえに意図でコントロールできないものです。さらに言えば、動詞 seeにおける主語は「刺激の受け手」ですから、いわば「刺激の着点」です。着点の場合には、事態が最後にたどり着く到達点として生じますので、その事態を統御する可能性は初めからないのです(中右 (1994: 395)[3] も参照のこと)。統御できるのは起点と過程まで、ということです。

 したがって、(1a) におけるseeの説明で「見ようとする意思の有無にかかわらず視界に入り」の部分は、「見ようとする意思がなくとも視界に入り」という表記にすると分かりやすいと思います。その意味において (1b) のユースプログレッシブの説明における「(自然に)目に入る」という説明は極めて的を射ていると言えます。

 しかし、seeとlookの違いがそうした「意図の有無」だけで十分説明可能かと言うとそうではなさそうです。次の文を見てください。

(9)     David looked at her but didn’t see her.

                    (John Grisham, The Litigators)

ここでlookとseeを両方「見る」としてしまうと、「デイビッドは彼女を見たが見なかった」という支離滅裂な文になってしまいます。この文は、正しくは「デイビッドは彼女の方に視線を向けたが姿は見えなかった」という解釈です。この文こそ、look と see の違いを解き明かす重要なカギとなります。

実はlookとseeの関係は時系列的にlookからsee という配列でなければなりません。その証拠に、

(10)   # David saw her but didn’t look at her.

は解釈的におかしな文として判断されます。さらに、

(11)   He turned and looked at her to see her expression.

      (彼は振り返り、彼女に目を向けてその表情を見た。)

と言う文は問題ありませんが、look atとseeを入れ替えて、

(12)   *He turned and see her to look at her expression.

とは言えないのです。こうした現象は意図的か否かでは全く説明できませんし、まして久保田 (2016)の「look も see も大意は〈視覚で知覚する〉のであり、基本的には主体の意思なくしては実行しえない」という考え方では捉えられません。ここでは、「見る」という視覚認知の過程をベースに考えてみましょう。

 ものを「見る」ためには、まずはそこに視線(注意)を向ける必要があります。そして、知覚対象を感覚受容体でとらえ、視覚野での処理、大脳皮質での処理を経て知覚対象を認識します。これを大きく2つの過程に分けて、(9)-(12)の例を基にした look と see の関係に当てはめると以下のようになります。

(13)  

注意を向ける

認識する

look

see

つまり、lookとseeの関係は、視覚認知プロセスにおける「原因と結果(cause-effect)」の関係になっているのです。ですから、(9)-(12) にあるように、look という行為は see という状態に先行して行われなければなりません。また、注意(視線)を向けたからといって必ずしもその先に何か視覚の認知対象があるとは限りませんから、(9) のような文や、

(14)   We looked but saw nothing.

      (視線を向けたが何も見えなかった)

という文が可能になるのです。

 このことは、seeには「理解する」と言う意味がありますがlookにはそうした意味がないことにも深く関係があります。次のペアで「おっしゃることは分かります」と言う意味で用いることができるのは (15) のみです。

(15)   I can see what you mean.

(16) *I can look at what you mean.

これはseeが知覚の結果として「認識する」という意味があるため、そこから拡張して「理解」へと至るのに対し、lookはあくまでもきっかけに過ぎず、認識や理解に至らないためです。

 また、よく知られているように、lookは後続する前置詞によって様々な意味を持ちます。

(17)   look for「~を探す」

          look in「~を覗く」

          look around「周囲を見渡す」

          look over「調べる」etc.

いずれも「視線を向ける」ことが行為の中心であることが分かるかと思います。ですから、lookは意図的に制御可能な行為としてcarefullyやintentionallyなどの副詞と共起できるのです。

 以上、see と look について簡単に考察しました。「意図の有無」について知識としては知っていても(それだけでも十分賞賛に値する勉強量だと思いますが)、(9) のような例は学校の勉強やTOEIC程度の勉強ではなかなか目にする、或いは耳にする機会はないと思います。ぜひ原書講読を通じて様々な表現に注意を向けてみるとよろしいかと思います。

 

 ことのは塾では、こうした原書から見つけた例文などを用いて、学校で得た知識をより深く理解し使えるようになるよう指導しています。小中学生、高校生はもちろん、資格取得を目指す社会人の方やもう一度英語をやり直したいシニアの方まで幅広く学んでいます。興味を持たれたらぜひお問い合わせください。

  メール kotonoha_language@helen.ocn.ne.jp

  Web  https://r.goope.jp/kotonohajuku

 

 

[1] Gruber, J. S. (1967), “Look and See,” Language 43 (3), 937-947.

[2] 久保田美佳 (2016) 「視覚動詞 look/see、「みる」/「みえる」の比較:動作主性および視覚認知プロセスに基づく認知言語学的考察」『研究論集』関西外語大学.

[3] 中右実 (1994) 『認知意味論の原理』大修館書店.