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ことばの専門塾を主宰する在野の言語学者が身近な言葉の不思議について徒然なるままに好き勝手語ります。

時・条件を表す副詞節

学校英語で必ず学習する重要事項の一つに「時・条件を表す副詞節中では未来のことでも動詞を現在形で表さねばならない」というルールがあります。

 

(1)       ○      If it rains tomorrow, I’ll stay home.

            ×      If it will rain tomorrow, I’ll stay home.

(2)       ○      Let’s wait till the rain stops.

            ×      Let’s wait till the rain will stop.

 

ここで、多くの学習者の皆さんが疑問に思うのは、「なぜ、こうした『時・条件の副詞節』ではwillを使えないのか?」ということです。参考書やネットで検索をかけてみると、様々な方が様々な「説」を披露されています。

 

(3)       説1 

 英語はその昔、「不確定」なことに対しては「動詞の原形」が使われていた。「未来」ということは「事柄が確定していない」ということ。それらはすべて「動詞の原形」が使われていた。それがいつしか現在形にとってかわった。(https://www.makocho0828.net/ 参照)

 

(4)       説2

 主節を見れば未来に関することだと分かるから、従位節中の動詞は、それとの関連で、形は現在形でも、主節とおなじ未来のことだと分かる。

(『実践ロイヤル英文法』旺文社)

 

(5)       説3

「実現を前提として・実現しているとみなして」いるので、未来のことでも動詞は「現在起こっていることを表す、現在形」を使って表す。(https://beyond-je.com/if-time-clause/#i-2 参照)

 

だいたいこういう説が多いかなと思います。この説を書いた方々(特に (3) や (5) の説を書いたブロガーの方)がどの程度専門知識をお持ちか分かりかねますが、念のために申し添えると、(3)の説1は歴史的な事実としては妥当性が高いとされる説です。この説に近い立場に安藤(2005)『現代英文法講義』があります。安藤によると、元来、時・条件の副詞節では「叙想法現在」が用いられ、動詞は「原形」で表現されました(例:If it be achieved, I have cause to return thanks.「それが成就されるなら、こちらも感謝せねばならない」)。これが、代用形としてshall+原形の形が用いられるようになり、やがて現在のように現在形へと変化しました。では、どうして現在形になったのでしょう?参照したブログの筆者さんの言うように「いつしか現在形になった」というだけでは当然説明として不十分です。この点について、安藤(2005)は「(ifやwhenなどの時・条件の副詞節は)時間の区別が関与しない、単なる命題を表しているので、その目的に最もよく適したものとして、時間に関して中立的な現在時制が選ばれている」と言います。

 まず、「現在時制が時間に関して中立的である」とはどういうことでしょうか?おそらく、現在時制が過去を表したり(「歴史的現在」や「年代記の現在」など)、未来を指したり(確定的未来)できることを指しているものと思われます。しかし、私見では、「歴史的現在」や「年代記の過去」などは「現在形が過去を指している」のではなく、現在形を用いることで「過去のことをまるで眼前で起こっているかのように描写する」ための修辞表現であり、決して「現在形」が「時制に中立」ということではないと思います。さらに、「時・条件の副詞節には時間の区別が関与しない」というのもおかしな話です。これが正しければ、未来の記述に限らず、どのような文脈でも(つまり、過去形の文でも)常に現在形をとるはずです。というわけで、結局この説は「どうして未来のことなのに現在形なのか?」という疑問に答えてはいません。

 (4)の説2は旺文社の『実践ロイヤル英文法』の記述ですが、別にこの参考書の筆者のオリジナルではありません。この説の元は、有名な文法学者の O. Jespersen (オットー・イェスペルセン)です。要するに、「主節にwillがあるのだから、わざわざ副詞節にも同じ情報を入れる必要はない」ということです。この説も一見正しそうなのですが、次の例を見てください。

 

(6)       Phone me as soon as you arrive there.

            (向こうに到着したらすぐに電話して)

 

この文のように主節にwillが出ていないものあります。主節にwill がないのに副詞節内は現在形ですね。確かに、この文の場合、「命令」だから、「電話をする」のを実行するのは「未来」なので、それで十分に「未来」であることは伝わる、とも言えます。しかし、それでは「主節が未来だから副詞節も未来として解釈する」ということは理解できますが、それ自体が「なぜ副詞節において現在形を選択するのか」ということの説明にはなっていません。その説明なら、副詞節内は現在形でも過去形でも良いことになりますし、だったら、上で紹介した叙想法現在(つまり、動詞の原形)の方が時制に中立的(つまり、未指定の状態)で一層良いはずです。でも、現実としては現在形が選択されるのです。

 では、(5)の説3はどうでしょう?結論から言うと、ここで私の考えに最も近いのはこの方の説です。詳しい説明の前に、次の例文を見てください。

 

(7)       時・条件を表す副詞節を含む文の例

  a. We’ll start the meeting when Jack comes back.

           (Jackが戻ってきたら会議を始めます)

  b. Wash your hands before you eat something.

           (食べる前に手を洗いましょう)

  c. Give me a call as soon as you find him.

           (彼を見つけたらすぐに電話をください)

  d. I’ll go out after I have finished my homework.

           (宿題を終えたら出かけます)

 

いずれも副詞節内の事象が必ず起こることを「前提」としています。つまり、主節の出来事は副詞節内の出来事の成立の上に成り立っているのです。具体的に言えば、(7a)は「Jackが戻ったら会議を始める」ということですので、逆に言えば「Jackが戻らなかったら会議は始まらない」ことになります(実際には始めるでしょうが、言語表現の上では、ということです)。(7b)は「何か食べる」から「手を洗う」のであって、その逆ではありません。「何も食べない」のであれば(実際には衛生上気になりますが)手を洗う必要はないのです。(7c)も「彼を見つける」という行為は「私」に電話を掛けるための前提条件です。見つけるまでは電話の必要はないわけです。(7d)も同様です。宿題を終えたら出かけるのですから、終えない限りは出かけることはないということになります。

 

一見、こうした説明の例外となるのは次の例文です。

 

(8)       You won’t pass the test unless you study hard.

            (頑張って勉強しないと、テストに受からないよ)

 

確かに、この文の場合、「テストに受からない」ことは「頑張って勉強する」ことの成立を前提とはしていません。しかしながら、A unless Bという表現の意味は「Bの成立が事象Aの成立を阻害する唯一の条件である」ということです。ですから、(8)は「テストに受からない」という文字通りの予測を伝えたいのではなく、語用論的には「そうなりたくなければ勉強しろ」という意味であり、ゆえに(8)は

 

(9)       Study hard, and you’ll pass the test.

(10)     You’ll pass the test only if you study hard.

 

と実質同じ意味を持ちます。したがって、その意味でunless内の出来事の成立を前提としているのです。

 

 以上のことから、説3が最も妥当なものである、と考えられます。どれが絶対的に正しいかということも学術的には大切かもしれませんが、学習者としては納得しやすい説にしたがうという程度で十分です。