ことのは塾のことのはブログ

ことばの専門塾を主宰する在野の言語学者が身近な言葉の不思議について徒然なるままに好き勝手語ります。

チコちゃんに叱られてしまうかもしれませんが…

 本当は違うテーマを先にアップしようと思っていたのですが、こちらが仕上がったので久々に更新いたします。

 

2019年7月5日に放送された『チコちゃんに叱られる』(NHK)で、扱われたテーマのひとつに「なぜ弟ちゃん妹ちゃんと呼ばない?」があり、その解説がネットで話題となっているようです。

 

 「お兄ちゃん」、「お姉ちゃん」とはよく言うが「弟ちゃん」、「妹ちゃん」とは基本的に言いませんね。チコちゃんによると、「家族の呼び方は一番下の子を基準に決まるから」ということだそうです。一番下の子供から見た呼び名が影響しているとのことです。

 

 一番下の子供は上の子供に対して「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」と言うことはありますが、上の子が「弟ちゃん」「妹ちゃん」と呼ぶことはほとんどありません。日本では目上の家族に対して「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」「お父さん」「お母さん」と呼ぶことが多いですね。番組では、これを「親族呼称」という言い方で紹介していました。

 

 番組での解説は次のようになります。氏名には苗字と名前がありますが、古来の日本では、個人を表す名前を神聖なものと扱っていたといいます。名前で呼ぶということはその人自身を支配しているとされ、無礼と考えられていたとのことです。したがって、家族であっても目上の人に対し名前を呼ぶことは失礼に当たることから「親族呼称」を使ったのがはじまりであり、それが現在まで続いているという内容でした。

 

 確かに、そういう「文化的側面」は否定しませんが、ここではもう一つの「ものの見方」、すなわち「言語学的側面」を紹介します。言語学的に言うと、「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」は、「関係名詞(relational nouns)」と言います。これは、簡潔に言えば「他の事物との関係性において定義される名詞」のことです。例えば家族関係における「兄」「姉」という名詞は「同じ親から生まれた年上の男/女」(『広辞苑』)となります。これはつまり、「兄」や「姉」は「弟」や「妹」の存在があって初めて意味を成すということを表しています。弟・妹がいなければ「兄」にも「姉」にもなれないわけです。「お父さん」「お母さん」も同様です。「子ども」の存在があって初めて「お父さん」「お母さん」となるわけです。

 

 こうした事情を踏まえて、「なぜ下の子が『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』と呼ぶのに、上の子が『弟ちゃん』『妹ちゃん』と呼ぶことはないのか」という問いに対する言語学的な回答は「『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』という言葉は、弟・妹の存在が前提となっている表現だから」ということになります。兄/姉がいて弟/妹がいるのではなく、前提、あるいは基準となる弟/妹がいて初めて人は兄/姉になるから、ということですね。その証拠に、逆にもし兄や姉が基準となる言い方であれば、「弟ちゃん」「妹ちゃん」と呼べるようになります。「保育園のお友だちの弟ちゃんが来てくれました」などです。この場合話者は「弟」ではなく「保育園のお友達」の存在を前提・基準にしています。つまり、この話者にとっては、顔見知りである「保育園のお友達」がいて初めてその「弟」が意味を成すわけです。

 

 これでチコちゃんに叱られずに済むかどうか分かりませんが、こんな見方もあるよ、ということでした!!