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ことばの専門塾を主宰する在野の言語学者が身近な言葉の不思議について徒然なるままに好き勝手語ります。

いわゆる「クジラ構文」について

今回は、高校英語で必ず目にする構文である「クジラ構文(公式)」について触れましょう。クジラ構文とは、次のような構文です。

(1)    a.    A whale is no more a fish than a horse is.

                 (クジラは馬と同様魚ではない)

   b. A bat is no more a bird than a rat is.

                 (コウモリはネズミと同様鳥ではない)

(2)    a.    A whale is no less a mammal than a horse is.

                 (クジラは馬と同様哺乳類である)

   b. A bat is no less a mammal than a rat is.

                 (コウモリはネズミと同様哺乳類である)

これらの構文について、ネットで「クジラ構文」と検索しただけでも数千件ヒットします。それだけ英語を学習する日本人が関心を持っている、言い換えれば「難しいと感じている」構文だと言えるでしょう。

 しかしながら、それだけ有名な構文でありながら、一般の参考書やネットの記事で十分な説明がなされているかというとそうではありません。ネット上の記事を見ると、この解釈を導き出すのにわざわざ数学(乗法)で考えたり[1]、なかには乱暴に「実際には使わない」と言い切っている方もいます[2]

 しかしながら、クジラ構文は「生きた構文」です。実際に論文・雑誌の記事・小説などで数多く用いられています。いくつか実例を挙げましょう。

(3)     a.    “Socialism” is no more an evil word than “Christianity.”

         (「社会主義」という言葉は「キリスト教信仰」と同様邪悪な言葉ではない。)

         b.  Africanized bees appear similar to other honey bees and they also serve the useful function of pollinating plants. Their sting is no more potent than that of other honey bees.

         (アフリカナイズドミツバチは他のミツバチと似ているように思われ、他のミツバチと同様に植物に対する受粉という有益な機能を果たす。その針は他のミツバチの針と同様強力なものではない。)

さて、この構文を難しく感じてしまう理由にはいくつかあります。実際、「どこにも『馬は魚ではない(A horse is not a fish.)』と述べられていないのに、なぜそういう訳になるのか分からない」とか、そもそも「『馬が魚でない』という表現を使う理由が分からない」など、筆者もこれまで多くの高校生・大学生から質問されたことがあります。さらに言えば、厳密に言うと、上記の構文が必ずしも与えられた訳のような解釈にならない場合もあります。例えば次の例を見てください[3]

 

(3)     a.    President Obama says marijuana use is no more dangerous than alcohol, though he regards it as a bad habit he hopes his children will avoid.

                (オバマ大統領は、自分の子供たちには避けて欲しい習慣であるとは思っているが、マリファナの使用は危険だといってもせいぜいアルコール程度である述べている。)

   b. Does she --- have a husband? She is very beautiful.” Female intuition was a remarkable thing. “Yes. She does. And she is no more beautiful than you, Anne.” I meant it sincerely but she waved away the compliment.

                (「あの人…旦那さんいるのかしら?とってもきれいな人よね。」女性の直感というのはすごいものだ。「ああ、いるよ。で、たしかにあの人はきれいだけど、アン、君だって負けていないよ」僕は素直に思った通りのことを言ったのだが、アンはこのほめ言葉を打ち消すように手を振った。)

(3a)の場合、「自分の子供たちには避けて欲しい」という言葉からも分かるように、マリファナやアルコールの危険性を否定しているわけではありません。ですので、「マリファナの使用はアルコールと同様危険ではない」とするのはおかしいですよね。本多(2017)が言うように、ここは「マリファナの使用は危険は危険だけれども、せいぜいアルコール程度だ」という解釈が適切です。同様に、(3b)も「あの人は君と同様に美しくない」としてしまったらそれは全くcompliment「ほめ言葉」にはなりません。これは、「君の美しさを彼女は超えることはない」と言っているのです。このように、「クジラ構文」は決して「決まり文句」や「熟語」といった固定的な意味を持つ表現ではなく、文脈によって少なくとも3種類の解釈が可能な文なのです。ますますクジラ構文が嫌がられそうですね。

 しかし、(1)の構文も(2)の構文も、そして(3)のような解釈の文も基本的な原則を抑えておけば怖くありません。その基本原則は次の通りです。

(4)     「クジラ構文」解釈の基本原則

         クジラ構文は「前件命題と後件命題の蓋然性が同程度以上(no less)/以下(no more)」であることを示し、than以下に置く「話し手・聞き手間で共通認識となっている命題の蓋然性」を前提とし、前件命題の蓋然性を類推させる構文である。

 a. A is no more C than B is.

  「AがCである確率はBがCである確率以下」

 b. A is no less C than B is.

  「AがCである確率はBがCである確率以上」

        

蓋然性とは、簡単に言えば「確率」です。つまり、クジラ公式は「お互いに共通認識となっている事柄の確率を基準に、聞き手が蓋然性を認識していない、納得していない事柄を提示してその蓋然性を類推させ、説得する」機能を持っているのです。

一番オーソドックスな例である A whale is no more fish than a horse is. を使って詳しく説明しましょう。この文における前件命題、後件命題はそれぞれ、

(5)     A whale is a fish. (クジラは魚である)

(6)     A horse is a fish. (馬は魚である)

です。この2つの命題のうち、話し手・聞き手間の共通認識として機能するのは「馬は魚である」という後件命題の蓋然性です。一般常識的にこれは当然「ゼロ」です。そして、no more は簡単に言えば「moreではない」、つまり「超えない」ということですから、「A whale is a fish. ≦ A horse is a fish.」を意味します。

(7)     A whale is no more fish than a horse is.

     →(前提)馬が魚である確率はゼロ

          →クジラが魚である確率は、馬が魚である確率を上回ることはないという意味で同等以下だ。

          →つまり、どちらもゼロだ。

となるわけです。このように、典型的なクジラ構文は、後件命題に「明らかに確率ゼロ」の内容を置くことで「前件はそれ以下の確率なのだ」と相手を説得する構文なのです。

 では、(2)の no less than の場合はどうでしょうか。こちらも基本的な考え方はno more タイプと同じです。前件命題、後件命題は

(8)     A whale is a mammal.(クジラは哺乳類である)

(9)     A horse is a mammal.(馬は哺乳類である)

です。一般常識的に共通認識となっているのは後件命題(9)のほうです。馬が哺乳類である確率は100パーセントです。こちらは、no lessが「下らない」、「下回ることはない」という意味で、「A whale is a mammal. ≧ A horse is a mammal.」になります。になります。したがって、

(8)     A whale is no less a mammal than a horse is.

   →馬が哺乳類である確率100パーセント

          →クジラが哺乳類である確率は、馬が哺乳類である確率を下回ることはないという意味で同等以上だ。

          →つまり、どちらも100パーセントだ。

となるわけです。

(1)や(2)のように、「確率」が「ゼロ」か「100」であれば、高校で教わる公式通りの訳で上手くいきますが、世の中そんなに甘くないわけです。(3a)や(3b)のような解釈は「ゼロ」や「100」ではない確率を基にした解釈なのです。

(3a) President Obama says marijuana use is no more dangerous than alcohol, though he regards it as a bad habit he hopes his children will avoid. の場合の解釈メカニズムは以下の通りです。

(9)     a. 前件命題:Marijuana use is dangerous.

    b. 後件命題:Alcohol is dangerous.

          →(前提)アルコールの危険性はゼロではないが、100でもなく、一般にはそれほど危険なものとはみなされていない。

          →マリファナの危険性はアルコールの危険性を超えないという意味で同程度以下

          →したがって、マリファナの危険性は思ったより大したことはない

となるわけです。

(3b)の she is no more beautiful than you. の場合、一見すると少し複雑です。これはこれまでと逆に前件命題をベース(共通認識)として後件命題の蓋然性を導いた形になっています。しかしこれも基本的な考え方は一緒です。つまり、

(10)   a. 前件命題:She is beautiful.

    b. 後件命題:You are beautiful.

          →(前提)君は美しい。

          →彼女の美しさは君を超えないという意味で同程度以下。

          →だから、君は彼女を美しいと言ったが、君だって彼女に負けない。

ということです。ですから、(3b) は実質的には

(11)   You are no less beautiful than she is.

と同じことを意味しているのです。では、なぜ (11) ではなく、(3b)の表現が選択されているのでしょうか?それは、どちらの構文もthan 以下には話し手・聞き手間での共通認識(いわば前提)となる命題を置くことになるからです。(3b) はYou are beautiful. を前提としているのに対し、(11) はShe is beautiful.を前提としています。つまり、(3b)は「君の美しさに比べれば彼女の美しさはそれに及ばない」という意図であるのに対し、(11)は「彼女の美しさと比べれば君の美しさは勝るとも劣らない」ということです。この言葉を向けられた対象であるAnneにとって、たとえおべっかに響くとしても、どちらが気分の良い表現でしょうか。当然、「自分の美しさを前提」とした (3b) の方です。

 いかがでしょうか。クジラ構文はとにかく「受験英語の弊害」的な視点で見られがちですが、高度な英文で実際によく使われる構文です。この際しっかり解釈を勉強してみましょう。ことのは塾では、このように最新の言語学の研究成果を取り入れた英語指導を行います。「納得して学習したい」という方にピッタリだと思います。ぜひ一度覗いてみてください。