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ことばの専門塾を主宰する在野の言語学者が身近な言葉の不思議について徒然なるままに好き勝手語ります。

名詞を修飾する形容詞の「位置と意味」の関係

 またもや久々の更新となってしまいました。

 今回は中学生や高校生はもちろんのこと、学校の先生方にも多く質問を受ける文法のお話です。それは、「形容詞の位置と意味の関係」です。話が煩雑になるのを避けるため、今回は形容詞が名詞を修飾する場合についてご紹介します(以下、言語学の慣例的な表記に従い、例の前につくアスタリスク(*)はその例が文法的に不適切な例であることを、ダブルクロス(#)はその例が文法的には適切でも意味的に不適切な例であることを示します)。

 

.   形容詞の前置修飾と後置修飾

 形容詞(分詞の形容詞用法も含む)が名詞を修飾する場合、その文中での生起位置は原則二つあります。一つは修飾する名詞の直前に生起する、「前置修飾(prenominal modification)」、もう一つは修飾する名詞の後ろに生起する「後置修飾(postnominal modification)」です。

(1)     a.    the tall boy

                 (背の高い男の子)

    b. the boy tall enough to reach the shelf

                 (棚に手が届くくらいの背の高さの男の子)

(1a) では形容詞tallが名詞boyの直前に生起し、boyを修飾しています。一方、(1b) では形容詞tallが名詞boyの直後に生起し、boyを修飾しています。これについては、学校などでは分詞の形容詞用法を学習した際に、おおよそ次のように「説明」されたことがあるかと思います。

(2)     分詞(形容詞)が単独(1語)で名詞を修飾→前置修飾

          例)a broken door「壊れたドア」

          分詞(形容詞)が他の語句を伴って名詞を修飾→後置修飾

          例)a door broken by John「ジョンに壊されたドア」

(1a)と(1b)にも同じ理屈が当てはまっていることが分かるかと思います。

しかし、実際に色々な英文を観察してみますと、この説明だけでは不十分なことが分かります。例えば、次の例を見てみましょう。

(3)     a.    chocolate-covered macadamia nuts

    b. man-made leather

(3a) は「チョコ掛けのマカダミアナッツ」、(3b) は「人工の皮」という意味です。お気づきの通り、下線部分は分詞1語ではありませんが、前置修飾になっています。学校で教わった (2) の規則が正しければ後置修飾になるはずです。さらに興味深いことに、この二つの例は学校で教わった通りの形、つまり後置修飾にすると、英語として非文法的なものになってしまうのです。

(4)     a. * macadamia nuts covered with chocolate

    b. * leather made by man

さらに、次のペアを見てみましょう。

(5)     a.   a snow-covered mountain

    b. a mountain covered with snow

今度は、先ほどの (3) のペアとは異なり、前置修飾も後置修飾も文法的です。ただし、同じ意味かと言うと、どうもそうとは言い切れないようです。次の例を見てみましょう。

(6)     a. # The snow-covered mountain is Mt. Fuji.

    b. The mountain covered with snow is Mt. Fuji.

通常、「あの雪で覆われた山は富士山だ」と言う場合、(6a) ではなく (6b) を用います。つまり、(5a) と (5b) には語順だけでなく、明確な意味の違いが存在していることが分かります。こうした違いは、(2) のような規則だけでは全く説明できません。では、前置修飾と後置修飾にはどのような意味的な違いがあるのでしょうか。

 

.   「永続的属性」か「場面(一時的)特性」か

 実は、形容詞の位置とその意味には密接な関係があります。形容詞1語で修飾するか他の語句を伴って2語以上で修飾するかといった見た目だけの問題ではないのです。本格的に詳しいことにつきましては、安井・秋山・中村 (1976)[1] を参照していただきますが、ここでは大まかに次のような規則を覚えておくとよいと思います。

(7)     前置修飾:修飾する名詞の永続的な属性を表す

          後置修飾:修飾する名詞のある場面や状況下における特徴を表す

簡単に言いかえれば、前置修飾の形容詞は、修飾する名詞の生まれつきの性質など、「場面や状況に左右されない性質」を指すのに対し、後置修飾の場合は「その描写された場面や状況においてのみ成立する特徴」を表すということです。例えば、

(8)     a.    a responsible person

    b. a person responsible

の場合、(8a)は通例「信頼できる人」の意味になりますが、(8b) は「責任者」の意味になり、多くの場合、後ろにその対象となる物事(for~)を伴います。これは、responsibleを「永続的属性」として解釈したものが (8a)、「場面特性」として解釈したものが (8b) ということになります。つまり、「信頼できる」かどうかはその人の生来の性質と考えることができますが、「責任者」かどうかはその人の生来の特徴でも何でもなく、会社や学校などの「特定の場面・状況」でのみ成立する特徴だからです。

 

.   タネあかし

 このような視点で考えてみると、上の例の全てが説明できます。もう一度順に見ていきましょう。

(1)     a.    the tall boy

                 (背の高い男の子)

    b. the boy tall enough to reach the shelf

                 (棚に手が届くくらいの背の高さの男の子)

この場合、(1a) のtall は「永続的な特徴」ですから、「背が高い」となりますが、(1b)のtall は「棚に手が届く」という場面に制限されています。ですから、無条件に「背が高い」のではなく、「棚に手が届くくらいの背の高さ」となるのです。つまり、(1a) のtall が単純に「身長が高いこと」を意味しているのに対して、(1b) のtallは「棚に手を伸ばした場面」での「身長」を問題としているのです。ですから、逆に言えば、その場面を削ってtallだけ名詞の後ろに置いても意味をなさず、非文法的になってしまうのです(*the boy tall)。

 次に分詞の例に移りましょう。

(2)     a.    a broken door「壊れたドア」

    b. a door broken by John「ジョンに壊されたドア」

この例も、(2a)のbrokenはドアの特徴です。「壊れたドア」は(修理しない限り)どこへ持って行っても「壊れたドア」です。しかし、「ジョンに壊されたドア」はどうでしょう?壊れたドアを見て「これはジョンが壊したんだ」と分かる特徴は通常あり得ません。ですからJohnを永続的な、場面に左右されない特徴として解釈することはできませんね。したがって、John-broken door は非文法的な表現となります。さらに言えば、(2a)は文脈次第で「(自然に)壊れたドア」、「(誰かに)壊されたドア」の二通りの解釈が可能ですが、動作主が明示されている(2b) は「ジョンに壊された」という解釈しかあり得ません。

 次は、(3) と (4) のペアです。

(3)     a.    chocolate-covered macadamia nuts

    b. man-made leather

(4)     a. * macadamia nuts covered with chocolate

    b. * leather made by man

これも (7) の規則で簡単に説明できます。(3a) はお菓子のマカダミアナッツを意味していることが分かります。お菓子のマカダミアナッツは、普通、ナッツをチョコレートで包み込んだチョコレート菓子のことです。つまり、お菓子のマカダミアナッツにとって、「チョコレートで覆われた」という特徴は切っても切れない、永続的属性ということになります。(3b) も「人工皮」ですから、「人工であること」はその皮にとっては永続的属性であり、そうでなければ天然の皮と区別がつかなくなります。したがって、この二つの表現は後置修飾でパラフレーズすることはできないのです。

 最後に (5)、(6) のペアです。

(5)     a.    a snow-covered mountain

    b. a mountain covered with snow

(6)     a. # The snow-covered mountain is Mt. Fuji.

    b. The mountain covered with snow is Mt. Fuji.

ここまで来ると想像できるかもしれませんが、(5a) はsnow-coveredが永続的な特性ですから、「常に雪に覆われた山」、つまり「雪山」ということになります。一方 (5b) は「一時的に雪に覆われた山」という意味合いになります。さて、我々の知っている「富士山」は「雪山」ですか?違いますね。確かに、富士山も季節によっては「雪山」のようになりますが、夏場は山頂を除いて雪は解けてなくなっています。したがって、我々の百科事典的知識に照らし合わせて「雪で覆われていること」を「富士山の生来の永続的な特徴」と解釈することは不可能であるため、(6a) は意味的におかしな文として判断されることになるのです。

 

.   まとめ

 以上、形容詞の位置と意味の関係について見てきました。英語を学習する方にぜひ意識していただきたいのは「形が変われば意味も変わる」という、言語の基本原理です。よく学校では「ほぼ同じ意味になるように」という条件での書き換え問題などが出題されます。例えば can と be able toの書き換えなどが典型例ですが、そもそも「同じ意味」なら1つだけで事足ります。意味や使い方に多少なりとも違いがあるから、両方の表現が生きているのです。こういう視点を持って学習に取り組むと「英語の使い手の意図」が見えてきます。これは、我々のような非母語話者がいくら「使って覚えて」も身につきません。沢山の英語に触れて「観察」しないといけません。とにかく「話せればいい」、「どんどん使えばいい」ということではないのです。

 

[1] 『現代の英文法7 形容詞』研究社出版